nitro_idiot’s diary

すべてフィクションということになっています。

眠る女生徒

病院で、眠りにつくときの気持ちは、面白い。夏の雑木林で蝉時雨の只中に一人ぽつりといて、私を探しているのかしら、遠くで知った誰かが私を探して叫んでるのに、どこかすぐに出て行っては面白くないような、変ないたずら心で、だけど懸命に隠れるのも変な気がして、何もできずにぽかんと立ち尽くす、あの感じ、いやちがう、あの感じでもない。なんだかもっと無感情。水泳プールに友人と集まって、水の中でどれだけ息を止めていられるか勝負しましょうよなんて言って、合図で潜って下を向く。じっと動かず潜ってるうちに、だんだん上では水音に混ざってみんなが話してる声がする。みんなはもう上がったのかしら、だけど自分はもっとずっと潜っていられる気がして、そのまま一人でずっとずっと静かに沈んでる、あの感じ、少し近い。

病院の中はとても清潔で、塵一つ落ちてないし、いたる壁は真白。隅々まで蛍光灯が行き届いて、黒い部分なんて一つもない。蜘蛛一匹でさえ目立って仕方がないんじゃないかしら。蒲団はいつも洗いたてのシーツが敷いてあって、触れると一瞬ひやりとする。そのやわらかい冷たさに身体を覆われるとき、私はもう、お嫁に行くかのように慎ましやかな気持ちになる。不意に蒲団の下で足を揃えてピッと伸ばしてみて、だけど少し居心地が悪くなって、親指を重ね合わせてもぞもぞさせてみたり。そんなとき私はふと、純粋の美しさについて思い出すのだ。

誰かの心拍音が聞こえる。血圧は安定。向かいのお婆さんかしら。お婆さんは私より少し後にこの病院にやってきた。一日のほとんどは寝ているかテレビを見てる。起き上がってちらと見ると薄黄色い顔をして、たまに目が合って会釈をする。お婆さんの家族はしばらく見ない。

気づいたら私は先生と話していた。自分の心拍音が聞こえる。もう何年も寝ていたかしら、久しぶりに血が通ったみたいに身体が重たい。おはよう。どうですか。はあ。変わらず。そうですか。しらじらしい。朝ってとってもやりきれない。