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nitro_idiot’s diary

すべてフィクションということになっています。

ホタル

小説

夜の空気に触れながら河原を歩いていると、視界の上端で淡い光が走った。月の出ない夜であった。見上げてそのまま立ち尽くしていると、再び光の線が走った。

ホタルである。よくよく水辺を見渡すと、他にも数個の点滅を見つけた。

ホタルを見るのはとても久しぶりのことのように思う。最後に見たのはおそらく十年以上前だ。その頃僕は福岡にいた。佐賀まで通じる山道を父に連れられてしばらく登った小川に彼らはいた。一面の暗闇に黄緑の明かりが縦横無尽に飛び回る幻想的な光景を今でも覚えている。手を伸ばせばホタルが触れる。幼い僕はホタルを捕まえて点滅を眺めては、飛ばして、捕まえる。まったく無邪気な思い出である。

僕達はじっと川縁のホタルを対岸で眺めていた。こちらが点いては、あちらが消えるといった様子で点滅する暗闇であった。それは申し訳程度につけられたイルミネーションのようだった。

「何匹いるだろう」そうつぶやいてちらりと彼女を見やったが、それには何も答えずに彼女はじっと暗闇で目をこらしているようだった。しばらくして「八匹いる?」と自信なさげな答えが帰ってきた。八匹か。

人通りもなく、周りはとても静かだった。風も吹かない。いや、水がぶつかり合う音だけは絶えずしていた。しかしそれは、目で見ている点滅とはまったく相関しないものであったため、目と耳の世界が乖離しているかのように思われた。それは無声映画を見るのに似ていた。点滅は、まったく静かであった。

暗闇をじっと見ていると、見えないものをどうにか見ようとする。姿の見えない光点に意識がゆく。こちらの点は、他と比べて少し離れているな。一人が好きなのだろうか。あの二点は活発に動いているようだな。近づいては離れて、点いては消えて、まるで妖艶なダンスを踊っているようではないか。ある一点は、川縁を離れて小川の中程まで近づいてきて、月の出ない夜に自分を川面に映していた。ただ共通しているのは、どれも静かで、どれも淡いことだった。

寡黙な彼らの姿を見ていると、自然と彼らの死について考えていた。ホタルが死ぬ様はどのようであるか。この点滅がだんだんと穏やかになり、小さくなって、ゆっくりと。そうして終いには消えたきり二度と点かない。そういった具合だろうか。消えたときは、電球のフィラメントが焼き切れるように、ジリッという音が出るのだろうか。それと共に鉄の焼けた匂いがほのかにしたりするだろうか。

なんにしても、そこにはなにかしら感動や苦痛があるはずである。

明かりが消えたあとはどうか。自身は川縁を離れてこの水面を流れるだろうか。すぐ眼下の暗い岩陰には、そういった死骸が多く流れ溜まっていたりするだろうか──。

淡い光は依然光り続けた。僕達は息を飲んで、姿の見えぬ点滅たちを見守った。咳を一つ立てればあっという間に散り散りになってしまいそうな世界だった。呼吸を止めて、再び自分を思いやったときには、僕の心を圧えつけていた不吉な塊は解け、周りを照らすように発散してどこまでも透き通っていくのを感じた。