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nitro_idiot’s diary

すべてフィクションということになっています。

それぞれの社会

最近、大学生の頃に知り合った年下の女の子と再会した。彼女は当時は短大に通っていて自分の頭の悪さを卑下していたけれど、明るく利発でジョークのセンスも良かった。君は頭がいいね、と言うと、え、そんなこと言われたの初めて、と恥ずかしがりながらも少しうれしそうだった。彼女は僕の見る社会から見れば完全な異邦人で、僕と知り合ったのはインターネットの偶然と言う他なかった。

人を好きになったことがないと言っていた彼女は、短大を出て歯科衛生士になったのち結婚して専業主婦になった。そして今は夫と一歳に満たない赤子の三人で暮らしている。結婚相手は職場の歯科医だった。そのとき僕は彼女が昔言っていた、告白されたら何となく付き合ってきたの、という言葉を思い出していた。

旦那にはね、楽をさせてもらっているけれど、結婚式と新婚旅行で貯金を使ってしまって少し心配。子どもの学資保険はとても高いのよ。いずれは引越しをして旦那の両親と同居する予定なの。最初はとても嫌だったけどお義母さんが優しい人で、今ではそれもいいかなって思えてきた。向こうは田舎だから開業してやっていけるかわからないけれどね。彼女のような魅力的な人でもこんなつまらない結婚をするのだなと思った。

彼女はふと僕に「あなたは絶望することってある?」と聞いた。僕は少し考えて、ないかな、と答えた。社会をくそつまらないな、と思うことはあるけれど、それは絶望ではない。

そもそも絶望できるのは希望がある人だけだ。希望がある人というのも今の時代には極めて少ない。近代化が終わってこれ以上の経済成長も望めないこの国には希望は多くない。希望なんて言葉がとても浅薄に聞こえる。

――そう聞く彼女は絶望することがあるだろうか。あるとしたら彼女の希望とはなんだったのだろうか。僕は聞き返すことができなかった。彼女は夫の故郷の田舎に引越し、朝に夫を見送ってから一日中家にいて、母として子供にミルクを与えたりおしめを替えたりしながらテレビの前に座って物を食べたり飲んだりし、大して夫も愛さず、歳をとる。


先日、中学生の女の子とウェブで知り合った。

彼女の見ている社会は狭い。友達のこと、学校のこと、部活のこと、塾のこと、一緒に暮らす兄と母。話すことはあまり多くはない。

「今のクラスが嫌い」とある日彼女は言った。――クラスでね、いじめられてる子がいるの。一年のときにいじめられたトラウマで、ときどき過呼吸になるんだ。先生がその子を保健室に連れて行くんだけど、そのときみんなそれを見て笑ってた。いじめてた子も。どうして笑えるの。サイテーだよね。許せないよ。

そして言葉を切って、「……私はクラスの人たちを、人として認めたくない」と言った。普段明るい彼女には似つかわしくない力強い憎しみの言葉だった。

彼女に何を言うべきか少し考えてから僕は「でも、そういう人は社会にはたくさんいるよ」と言った。「人間ってそもそもそういう醜いものだと思う」


その頃久しぶりに2ちゃんねるを覗く機会があった。サイトは昔見たときと何も変わらず、まるで二〇〇〇年にタイムスリップしたような錯覚を起こす。

2ちゃんねるを見ると、人と人が解り合うのは容易ではないことがわかる。議論をしていても人はすぐに感情的になる。反論ではなく相手を罵倒したがる。そこにいる人間は、ひどく醜い。

それは匿名だからだ、と言う人もいる。確かにその通りだ。けれどそれを書いているのも人間だということは疑いのないことだし、むしろ僕は、それこそが人間なのだ、と思う。

実名や対面だと態度が変わるのはなぜか。それはそこに生まれる人間同士の関係性は永続的なものだし、その後の関係や自分への評価に少なからず影響を与えるからだ。罵倒したりすれば、話のわからない人だ、という評価がつけられて軽んじられる。相手が友人ならば友人一人を失うことになる。友人を失うことと罵倒したい欲求を天秤にかけて、ほどんどの人は罵倒せずに労力をかけることを選ぶ。だから人は対面では安易に他人を罵倒することはしない。やりたくてもできない。

人間というものはそもそも自分勝手なのだ。みんな自分が大事なのだ。他人を理解する努力などできればしたくないのだ。他人との理解よりも優越感をとる生き物なのだ。一方的に自分の意見をまくし立てて、相手を黙らせれば満足なのだ。弱い人間を貶められる機会があれば逃すことはない。そして安易に他人を傷つけ、すぐに忘れる。

中学生のクラスメイトたちが見せた残酷さは人間の本性だと思う。彼らが特別なのではない。人間なんてそもそも醜いものだ。期待してはいけない。


そういうことを言おうと思ってすぐにやめた。クラスの人たちの残酷さが理解できないと言う彼女にとって、僕の言葉は何の慰めにもならない。人間の醜さを説かれるよりも、そんなクラスはサイテーだよね、と同調してもらったほうがずっと彼女にとっては救いになったろう。しかし、そんな言葉は対症療法にしかならないし、長期的に見て有益なことは何もない。

それから僕は少し考えてから「今までで有益だった教訓の一つに、『現実を否定するな』というものがあるよ」と言った。「サイテーな人たちは世の中に溢れてるけれど、彼らはどうあがいても存在し続ける。そんな彼らを否定しても、自分がつらいだけだ」


僕が厭世家なのはサイテーな人間が世の中に蔓延っているからだけど、だからと言って社会を捨てるべきだとは思わない。誰もが鴨長明の「おほかた、世をのがれ、身を捨てしより、恨みもなく、恐れもなし」の境地に至れるわけではない。きっとそんな生活は寂しいに違いない。

社会がつまらないと僕が感じるのは単に僕の社会への関わり方が下手だからだと思う。僕は子持ちの専業主婦ではない。よい関わりを得るためにはリスクを取らなければならないということも知っている。たとえば時間や金銭的なコストがそうだ。それを放って好き勝手やっているのだから隠遁者のような生き方にならざるを得ない。


京都時代の妻繋がりの友人が東京に引っ越してきたので会いましょうと連絡があった。正直、外に出たくない気分だったから「行くのはだるいけど、うちまで来るなら会わないこともない」と言って妻だけで会うことになった。半日ほど経ってから、冷房の効いた家で一人ぼけーっとしていると、妻から電話がかかってきた。「これからうちに連れていきます」

なんと愚妻が僕の言った「家までくるなら会わないこともない」という言葉を相手にそっくりそのまま伝えやがって、「じゃあ行きましょう」ということになったのだそうだ。

テーブルの向かいに座った数年ぶりに会う旧友を見て、変な人だな、と思う。よくもまあ来たものだ。僕は呆れつつも背筋が伸びる思いで、彼がこの数年にあったことをゆっくりと話し始めるのを静かに見ていた。

世の中の美しいもの

最近、ツイッターでじわじわと目にするようになったask.fmを僕も使ってみようと思って登録してみた。

ask.fmは自分の周りから質問を募集して、それに回答するソーシャルなウェブサービスだ。思ったよりも真面目な質問が多く集まり、「今は何をして生計を立てていらっしゃるのですか?」などというものまで寄せられた。僕は相変わらず雇用されておらず、収入の多くは妻に頼っている。


先日、妻が会社の人と食事に行ったときの話。既婚者ばかりの集いで、お互いの夫はどういう人かという話になったそうだ。

「ある人の旦那さんは元自衛官で、オーストラリアに語学留学経験があって、独学でプログラミングを学んで、今はプログラマなんだって」

どこかで聞いたことがあるようなプロフィールだったので、京都に住んでる?とか山に登ったりする?とか聞いてみたが、どうやら僕が知っている人ではなさそうだ。

「それで、深町さんの旦那さんはどんな人ですかって聞かれたの」と妻は言う。「どういう人って聞かれても困るから、いろいろ例を出してもらった。ずっとゲームをやってるゲーマータイプ、とか」

ほう。

「だけどどれもピンとくるものが無くて。困って、結局『人に全然興味がない人です』って答えた」

――他に言いようがあろうものを。


昨日、ask.fmで新しい質問がきた。「世の中で美しいと思うものを三つ教えてください」

何でこの人は僕に聞こうと思ったのか・・・・・・とは思いつつも、僕の知る狭い世の中を振り返ってみて、美しいってなんだろうと夜中の真っ暗な部屋の中で一人考えていた。

真っ先に思い浮かんだのはやっぱりとあるプログラム言語のことだ。時に涙が出そうになるほどの美しさを持つそれは、僕の生活の大部分を占めていて、自信を持って美しいと言える。

けれど、それに並ぶべき残り二つの美しいものは見つからない。考えれば考えるほど、世の中は醜いものや邪悪なもので溢れていることを思い知らされる。

そして同時に、自分の奥底で、それでいいのだ、いやむしろ世の中は醜く邪悪なものだ、という諦念が横たわっているのに気付かされた。

一見美しいと思うものでも、その裏にある欺瞞を探さずにはおれない。僕自身が世の中の邪悪さを持って美しさを否定する。

美しいもの。散々悩んで、思いつきません、と回答した。


──美しいもの、って何だろう。


数年前、僕がまだ高津区に住んでいる頃。車で立ち寄った町外れのファミレスで、自分のテーブルへの通路を歩くとき、二人席に向かい合って座る母娘の脇を通った。テーブルに並んだ平皿はもう全部空っぽで、二人の興味は手に持ったデザートメニューに移っている。二人の間に会話はなく、少し顎を上げたリラックスした姿勢でメニューの表や裏をじっと眺めて、きゅっと結んだ唇を舌でぺろりと舐めている。

はぁ、なんて無邪気なんだろう。まだ少し空いている胃の隙間を埋めるために真剣になっているあの母娘の昼下がりのささやかな幸せを、誰が否定し、邪魔することができるだろう。もしもこの世の中に潜む邪悪なものが邪魔しようと企むなら、僕は彼らを守りたい。彼らの苦しむような世の中なんて僕は耐えられっこない。


僕は今でも変わらずプログラマをやっている。妻にさえ「人に全然興味がない」と言われるほどだけど、あの無邪気な母娘が安心して暮らせるような少しでも良い世の中にしたい、という気持ちは、まだ忘れたわけじゃない。

個人で電子書籍を出版したときに必要だったこと

前回の記事で、電子書籍を作って出版したことを書きました。そのときに出版までにやったこととかを書いておきます。「自分も個人で電子書籍を出してみたい」という方は参考にどうぞ。あんまり縦書きに向いてない記事だけど、物書きの人も幾人か購読されてるようなのでこのブログで。

基本的に縦書きの文学書を出版することを考えて書いています。

EPUB3で作ることにする

電子書籍にはフォーマットがいくつかあって、特に使われているのがEPUBと、Amazon Kindleが採用しているMOBIの二つ。MOBIはEPUBから簡単に変換できるので、基本的にEPUBを作ることだけを考えます。

EPUBを作るソフトウェアを検索するとSigilとかCalibreとか出てくるんだけど、「EPUB2」という古い仕様しか対応してないです。EPUB2は縦書きにできず、ルビも使えない。たぶん英語のことしか考えられてない。

そこでEPUBの新しい仕様の「EPUB3」の書籍を簡単に作る方法を探していて、「でんでんコンバーター」っていうサービスを見つけました。でんでんマークダウンという独自拡張マークダウンで記述してアップロードするとEPUB3に変換してくれるシンプルなサービス。しかも各プラットフォームのEPUB表示の癖も吸収してくれるようで素晴らしい。

コントロールキーを押しながら複数ファイルを選択してアップロードできるので、本文以外にCSSファイルとか表紙画像を指定することもできます。かなり良く出来ている。

マークダウンに慣れてない人はでんでんエディターが補助してくれる。このでんでんエディターの出来も結構良くて、縦書きでもプレビューできるし、プレビューモードにしたときに常用漢字のチェック機能もついているのでルビを振るか振らないかの判断に使えます。

見た目の確認はEPUBを開けるアプリケーションで行います。Macの人はiBooksが良いのではないでしょうか。iBooksに入れておけばiTunes経由でiPhoneに同期できたりして、iPhoneでの読み心地とか確認できます。Macじゃない人はReadiumというChrome拡張を使うとEPUB3も読めるようです。Amazonが提供しているKindle Previewerを使っても読めるみたいです。

校正・編集作業

段落の最初を一文字下げる

Webでは一般的ではないですが、日本語の書籍では段落の最初を一文字下げるのが作法なので、段落の最初に全角スペースを入れます。

アルファベット・数字を全角に

縦書きだとアルファベットや数字は九〇度横を向いて表示されるので全角にするか漢数字にしたほうがいいです。必須ではないけど、本にすると特に気になります。数字を無理やり縦に表示する縦中横っていう方法もありますが、窮屈に見えて不格好なので僕は受け付けない。

ルビを振る

EPUB3ではルビ (ふりがな) も振れます。でんでんマークダウンにはルビの記法もあるのでそれ通りに記述します。

ルビを振るか否かは特に基準は無いようですが、僕は「常用漢字チェッカー」というサイトに自分の文章をコピペして、常用漢字じゃないって言われたものにルビを振りました。でんでんエディターを使って書く人はプレビューモードで常用漢字をハイライトできるのでそちらも利用できます。

ルビを振った漢字の例としては、「遡る」とか。そういえばこんな字は紙に書いたことがあるかも疑わしい。

漢字を開くか閉じるか

文字を漢字にするかひらがなにするか、という基準がたぶんどの出版社にもあるんだと思います。たとえば「分かる」にするか「わかる」にするか。

僕には特になかったので雰囲気で漢字にするかひらがなにするか決めました。ただし、一貫性がないのはよくないと思ったので何度も読んでみて違う表記があったら直すということをやりました。

ダッシュ

「― (ダッシュ)」記号を二つ続けて書く表記はよくやりますが、EPUBにするとダッシュの間に少し空白ができてしまって見た目がよくありません。これはダッシュを「─」のユニコード文字に置換してやれば解決します。

空行を入れる

場面が変わるときなどに段落と段落の間に空行を入れたいときがあります。でんでんマークダウンでは専用のマークアップ方法が無いので「<p><br/></p>」を間に入れることで対応します。

ストアを選ぶ

個人が売りに出せるストアは思ったよりも限られていて、国内のストア (ソニーとか) は個人で出版する方法が無さそうです。そういうわけで前例も多い三つに絞って考えました。

  • Kindle Direct Publishing (Amazon / KDP)
  • Google Playブックス (Google)
  • iBookstore (Apple)

この中ではKDPが一番人気のようです。KDPセレクトという、プライム会員には無料で貸出できる仕組みがあって、さらに数日間無料の販促キャンペーンができるような特典があるらしく、それをみんな使っている様子。ただ引きかえとしてKindleストアの独占販売を約束させられます。

販路を確保するよりもKindleストアに絞って売りだしたほうがメリットが大きいとみんな判断しているんだと思うけど、僕は多様性は善だから独占販売許すまじ、と思ってKDPセレクトは諦めました。

あと「Kindleストアは集客力がある」って書いてる人を見たけど、たぶんカテゴリによります。僕が出した文学カテゴリの場合、Kindleの文学カテゴリは夏目漱石とか太宰治とかが0円で並んでて勝てるはずない。青空文庫はチート。


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ちなみにKindleストアで売れるとロイヤリティは35% (一定条件で70%も)、Google Playは52% (五月三日に80から修正)、iBookstoreは70%。

価格を決める

出版するためには価格を決めないといけません。無料か有料か。有料ならいくらか。無料の場合はロイヤリティの受け取り手段登録とか納税者申請 (後述) がいらないから多少登録が楽だったりします。

僕の考えとしては、多少なりとも自分の作ったものにお金を払ってでも読んでくれる人に読んでもらいたいという気持があったので有料にしました。

有料の場合はKindleストアでは99円が通常の最低価格です。ロイヤリティ70%にする場合は最低価格は250円。なので、大体99円か250円という選択肢が多いみたいです。99円というのは、たとえ面白くなくても買って後悔しない値段としても良いのではないかと思います。

ちなみに僕は、片手間の個人出版レベルで意味のある収益をあげるのは最初から無理だと確信しています。本を出したときに買ってくれる人は大体ブログ購読者の5%くらいです。Twitterで宣伝してもう少し増えるとしても、たぶん十冊くらい売れれば良い程度だろうな、という見通しがありました。それで売り出してみておおよそ合っていた。

文章を書く時間と、それを出版できるレベルに校正したり、EPUBを作ってデザイン調整したり、表紙の画像作ったり、各ストアに申請して、みたいな面倒さを考えると、意味のある収益をあげようと思うなら本の値段を三万円とかにしないといけない。もちろん、そのために本を三万円で売ろうなんて人はいないと思うので、それを考えれば価格なんて読者からもらう気持程度だと思って、いくらでもいいよね、っていうのが個人的な結論でした。

出版手続きと米国納税者番号申請

出版手続き自体は各ストアで言われた通りにやれば特に難しいことはありません。ただし、有料で販売する場合に米国納税者番号 (TIN) の取得をしておくほうが良いようで、これがちょっと面倒です。

何のための手続きかというと、米国の会社なので、本が売れると米国で収益を上げたことになり、通常なら米国に税金を払わないといけないのだけど、日本の納税者なら日本で課税されることになっているので自分が日本人であることを証明するためだそうです。

別に証明しなくてもKDPでは出版できるけど、米国で源泉徴収された上さらに日本でも課税されるみたいなことになるので万が一本が売れてしまったときのためにやっておくほうが良いです。時間がかかるので先に出版してしまってロイヤリティの受け取りを拒否 (銀行口座を登録しない) しておき、その間に申請してしまうのがいいかもしれません。

TINとして使える、EIN (雇用者番号) を取得する方法はこのエントリを参考にしました。

PDFに必要事項を記入してFAXを送ると四週間後くらいに郵送でEINが送られてくるらしいです (まだ返って来てない)。

ちなみにFAXはセブンイレブンで送れるかなー、と思ったけど海外には送れませんでした。スキャナは家にあったので、署名した書類をスキャンして、インターネットでFAXを送るサービスを探しました。PamFaxというサービスが初期費用無料で三通まで送信無料だったので使わせていただくことに。送信するFAX番号は「8596695987」です (サイトによっては010を最初につけているけど、PamFaxを使う場合は必要なかった)。

Google Playは日本人で日本市場のみ販売なら必要無いらしくて何もいりませんでした。iBookstoreはEINが無いと著者登録自体ができないようで保留にしました。

出版されるまで待つ

KDPもGoogle Playブックスも、出版までに六時間〜十二時間くらいかかります。初回だけでなく、編集する度に同じくらい時間がかかるので、EPUBをちょっと直して更新したいとか、紹介文をちょっと直したいとかいう程度でも六時間とか待たされます。だからあんまりインタラクティブ性は期待せずに、事前に何回も自分の本を読み込んで「もう変更することは何もない」と確信してから出版するほうがいいです。

感想

やたら手間がかかります。文章を書くだけじゃなくて、それを自分で編集する必要もあります。さらにEPUBの見た目の確認とか、常用漢字をチェックしてルビ振ったりとか。趣味でやる程度の個人出版にお金も使えないので本の表紙も自分で描く必要があります。書籍ページに載る説明文も誰も書いてくれないので自分で書きます。あともちろん宣伝も自分がやらないと誰にも発見されません。

こういう手間を考えると、出版社のやってくれる仕事は全くバカにはできないし、「出版社では5%しか印税がもらえないけどKDPなら35%!」とか言ってる人は何もわかってないと思います。むしろこれだけの雑用をやっても全然売れないし、積極的に宣伝してくれるわけでもないのにAmazonは売上の35%しかくれないんだ、と思ってしまう。


まあ手間はともかく、出版してみて良かったことは、自分が本として納得できるものを作って提供できた、という満足感が得られたことですね。

ブログという形式ではどうしても文章は書き捨てになってしまうし、その分どんなに気をつけても「どうせブログだし」みたいな甘えが出てしまいます。そういう細かいところを、自分で何度も読み返しては直すことを繰り返して、もうこれで完璧だ、と思えるものを作れたことが一番うれしい。まあ自己満足です。

出版したのはこれ。

苦悩の告白

苦悩の告白


ブログをそのままEPUBとして出力するサービスもあるけど、それは違うと思います。誤字脱字みたいな簡単な間違いだけでなく、本にして読んでみると違和感があるような箇所が必ずあります。

ブログ記事を書く場合、読者が自分のことをある程度知っているという想定で書いてしまうものです。たとえば僕の場合、病気がちの男性で、プログラマで、結婚していて、京都に住んでいる。人によっては僕の勤務先まで知っている。ブログエントリにはそういうコンテキストがどうしても付きまとってしまう。それを本としてまとめてしまってコンテキストが無くなるとおかしなことになります。そのままEPUBにエクスポートみたいな形でハードルを下げたとしても質の悪いコンテンツが量産されるだけであまり良いことでは無いと思います。


あとは、電子書籍周りの技術が相変わらず未成熟だなぁという印象です。数年前に自分が調べたときとほとんど状況が変わっていません。海外のツールはいくつかあるけど縦書き対応してないとか。でんでんコンバーターは新しいツールでかなり出来が良いですが、マークダウンやCSSを皆が書くのが正しい形とは思えないのでベストとは言えません。

こういった未成熟な市場で関心も高いような分野ならどんどんツールも出てきそうなものなのにまだ革新と言える段階でないのは、個人出版者がそもそも儲かってない現状では市場として小さ過ぎて参入するメリットが無いからなのかもしれないですね。大手プラットフォーマーであるAmazonが本気でEPUBの個人出版の支援を始めたりしたら状況は変わるかもしれません。iBookstoreを運営するAppleはiBooks Authorでそういうことをやろうとしていますしね。

おまけ: 直接EPUBの中身をいじる

ここからはおまけなので分かる人だけ読んでください。

でんでんコンバーターの問題として、ちょっと直してからまたEPUB作成を繰り返すにはWebインターフェイスが向いておらず、インタラクティブな編集作業がやりづらいという点があります。

そこで、コマンドラインからどうにかできる方法は無いかなと思っていろいろ試してみました。

本家でDenDenMarkdownというPHPライブラリをGitHubに公開してくれているので、これをgit cloneしてきて、Composerをインストール後にcomposer install

これを使ってでんでんマークダウンをHTMLに変換するだけのPHPスクリプトを作ってbin/dendenconvに置きました。

#!/usr/bin/env php
<?php
require_once(dirname(__FILE__) . '/../vendor/autoload.php');

if ($argc > 1) {
    $parser = new Denshoch\DenDenMarkdown;
    for ($i = 1; $i < $argc; ++$i) {
        if (!file_exists($argv[$i])) {
            trigger_error($argv[$i] . ' does not exist.', E_USER_ERROR);
            exit(1);
        }
        echo $parser->transform(file_get_contents($argv[$i]));
    }
} else {
    echo "Usage: $argv[0] [file1, file2...]\n";
}

これを使えば本文の修正だけなら毎回でんでんコンバーターを使う必要無くコマンドラインでHTMLへの変換ができます。シェルのPATHに、スクリプトを置いたbinディレクトリを追加しておきます。

EPUBは単に規定の構造でHTMLやCSSが配置されたZIP形式の圧縮ファイルでしかないので、解凍して修正して再度圧縮することでEPUBへ再パッケージングすることが可能です。

EPUBを展開してそのディレクトリに「body.md」というマークダウンファイルを置き、こういうMakefileを作っておけば、マークダウンを編集後に「make」って打つだけでEPUBが出来上がります。

ROOT=$(abspath $(dir $(lastword $(MAKEFILE_LIST))))

DENDENCONV=dendenconv

BODYHTML=$(ROOT)/OEBPS/bodymatter_0_0.xhtml
BODYMD=$(ROOT)/body.md
EPUB=$(notdir $(ROOT)).epub

all: update-body build-epub

build-epub:
	if [ -f $(EPUB) ]; then mv $(EPUB) $(EPUB).bak; fi;
	zip -r $(EPUB) mimetype META-INF OEBPS

update-body:
	perl -0777 -pi -e '$$a=`$(DENDENCONV) $(BODYMD)`;s/(<body[^>]*>).*?(<\/body>)/$$1\n$$a\n$$2/s' $(BODYHTML)

本文を編集して「make」してEPUBを確認、って感じでインタラクティブな編集作業が楽しめます。便利。

難点として、iBooksがコマンドラインインターフェイスを持たないので、ビルド後にiBooksにEPUBをドラッグ&ドロップするという間抜けな手順が入ってしまって若干面倒というのを改善したいです。

このブログを電子書籍化して短篇集として出版しました

このブログに過去掲載した短篇小説を加筆・再編集して電子書籍化して、KindleストアとGoogle Playブックスで個人出版しました。


苦悩の告白



収録作品は「苦悩の告白」「京都の冬」「ホタル」「眠る女生徒」「欺瞞」「泥濘」の全六篇です。


なんでブログに一度載せたものを電子書籍にしたのかというと、自分の文章にブログ以外の新しい読み方を提供したかったからです。

もともと書籍に見た目を近づけようとしてブログのテーマを縦書きにしてみたりしていますが、縦書きで読むにはPCで、しかも対応ブラウザで見る必要があります。それに――他の人もそうかわかりませんが――PCで長文を読んでいるとなんだか気が散って文章に集中できないんですよね。青空文庫なんかもPCでがっつり読む気にはならない。長文はせめてKindleとかiPhoneで読みたい。

特に最近はだんだん長めの小説も書いてみたいと思いつつ、長くなればなるほど誰も読まないだろうなぁという葛藤で意図的に文章を削ったりしていました。

そういうわけで、ブログという形式を離れて電子書籍にしてみようと思ったわけです。

ただ、単純にEPUB形式にするだけだと面白くないので再度読み返して編集・加筆しています。あと無駄にふりがなつけたりとか。

収益はまったく期待していませんが、自分の文章が無料と自身で値付けしてしまうのも負けた気がするので九十九円で。読みたい方はご購入ください。


Kindleや、スマートフォンのKindleアプリで本を読む人はこちらから。「苦悩の告白」で検索しても出てきます。

苦悩の告白

苦悩の告白

Google Playから購入される方はこちらから。

https://play.google.com/store/books/details?id=bwprAwAAQBAJ


また、このとき出版したときに必要だったこともエントリにまとめました。個人の電子書籍出版に興味がある方はどうぞご覧ください。

個人で電子書籍を出版したときに必要だったこと - nitro_idiot’s diary