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nitro_idiot’s diary

すべてフィクションということになっています。

命を削って

随筆

「にとり君、ラーメンは食べられるの」

と同僚が訊く。彼は僕が何でもは食べることはできないことを知っている。

調子が良ければね、と僕は答えた。調子が良ければ食べられるの。まあ、調子が良くて、翌日休んでいいならね。それを聞いてみんなは笑った。そんな命を賭けてまで食べなくてもと笑った。僕も笑った。アレルギーとは違って、何かを口にした途端呼吸困難になるといったものでもないのは幸いである。とは言え、梅干しの種のようなものを誤って飲み込んだだけで腸管が破れる危険があるのも事実ではある。そうしていつも身体にお伺いを立てながら食事をするといった調子である。思い返せばこの病気になったのはもう十年も前のことだった。

先日「風立ちぬ」という映画を観た。ジブリなのにファンタジー性がなく、テーマも明確に観客に押し出された映画だった。戦争期の話だが、どうにかして生きのびるといったよくある話ではなく、いかに生きるかを描いている点が他とは違うものだった。その一方で主人公の二郎の葛藤などの心情描写は少ないため、エンジニアをいかに知っているかで見方も変わってくるかもしれない。

二郎が妹の加代に「僕たちは一日一日をとても大切に生きているんだよ」と話す場面があった。あまり評判の良くない声優ではあるけれど、淡々としたその調子はいくらか諦めがありつつも悲劇で終わらない力強さ、純朴さがあって好感が持てた。

自分は一日一日を大切に生きているだろうか。どちらかと言えば大切に生きていると思っている。自分が十年後にも生きていることにも懐疑的なのだから、自然と一日に自覚的にもなる。けれど、振り返ってみるとそう思い始めてからもう十年も生きてきたのだな、と思えば感慨深い。少しは希望もあるのかもしれない。

外では蝉が鳴いている。蝉のやかましさにはときに閉口するけれど、その懸命さは見習うべきところもあろう。生きるという選択の重さを感じつつ、今日もまた生きるしかあるまい。